化学プラントのプロジェクトマネジメント(project management)の難易度を機械エンジニア目線でまとめました。
プロジェクトというとエンジニア目線では建設プロジェクトに偏りがちです。
その難易度を明確に言語化できることは、リソースの割り当てなどを考えるマネージャークラスには求められます。
担当レベルでは実はあまり意識せずに、取り組んでいる場合もあるでしょう。
機械エンジニアが関わらないけどプロジェクトクラスに位置付ける案件が化学プラントにはあって、見えやすい建設工事以外の部分も意識が行くようにはしたいものです。
プロジェクトって?
そもそもプロジェクトってどういものでしょうか?
一般的に使用していますが、だからこそ定義が結構あいまいだと思います。
化学プラントでのプロジェクトという単語は以下のようなケースに使うでしょう。
基本的にはその会社にとって新しい取り組みがプロジェクトになります。
工場目線では業績拡大・競争力向上を目的とした資本の投入を伴うものと理解しても良いでしょう。
本社目線では組織の再編成とか制度の見直しなどもプロジェクトという言い方をします。
工場でも同じような取り組みはしますが、プロジェクト感は相対的に弱いです。
プロジェクトかどうかは金額で判断すると分かりやすいです。
バッチプラントレベルでは1億円も投資すればそれなりのプロジェクトと言えるでしょう。
参考となる数値として、投資額が安い時期でのプラント建設が40億円オーダーということは記憶の片隅に留めておきたいですね。
化学プラントのプロジェクトの流れ
化学プラントのプロジェクトの流れを大まかに見ていきましょう。
- ステップ1研究
- ステップ2FS
- ステップ3事業化決定
- ステップ4設計
- ステップ5工事
- ステップ6試製造
機電系エンジニアは赤字の部分で深く関わる部分、青字の部分は少し関わる部分でしょう。
研究
プロジェクトの最初は研究です。
新規製品や新規プロセスの開発を行うなら、研究は必須です。
未知の化学反応を使ったプロセスを商業運転に持ち込むためには、合理的な反応条件を探索するために研究を行います。
研究が参与しない場合としては、新規事業への買収・新技術の導入・既存製品の増強などがあります。
研究を行っても、実現に結びつくまでには、非常に長い時間がかかります。
10年は覚悟しないといけないでしょう。
化学研究者1人の目線で考えると、一生に数個しかヒットさせられないということですね。
- 大学に入るまでに受験勉強を潜り抜け
- 博士課程まで時間を掛けて努力をして
- 就職活動でも高い競争率を勝ち抜いた結果
- ヒットするかどうか分からない研究に身を捧げ
- それでもヒットするかどうかわからない
- 失敗したら、工場に左遷
化学研究者の一生ってかなりギャンブル性が高くて勇気があるなーって
個人的には思います ^ ^
とても化学が好きでないと研究なんてできないと思います。
これと同じことは機械屋が機械系の会社で研究するときも言えますけど・・・。
FS
研究で実現性が出てきたら、次にFSをします。
FSとはFeasibility Study(事業可能性の検証)のこと。
そのプロジェクトを工場に導入するために必要な課題を抽出します。
反応条件・原料・廃棄物・腐食性・スケジュール・予算
研究をしながらこれらの情報をコンカレントに実施していきます。
機電系エンジニアがFSに参画するのは予算の見積に関してです。
ラング係数で概算価格を算出したりする段階です。
機電系エンジニアにとってはFSで見積作業が大変と慌てるでしょうが、企画部門からしたら単に1つの作業の話です。
依頼している側からしたら一部の扱いです。
機電系エンジニアがメーカーや施工会社に依頼するときも、自身が持っている案件の一部ですよね。
同じ感覚です。
意志決定
意志決定では投資額と得られるメリットの比較を行います。
ROIなどの指標を使って投資判断を行います。
投資だけでなくて、環境・安全面などの総合的な視点で判断します。
プロジェクトレベルになると工場から本社に申請して、審議を経て決裁を待つ側となります。
設計
意志決定が終われば、設計段階に入ります。
プロセスの基本設計、設備の詳細設計、工事の設計などの段階です。
教科書的には、プロセス開発が完了した後で設備設計を行います。
こんな風にきれいに分割されるべきです。
ところが、現在ではコンカレントエンジニアリングが普通です。
プロセス開発と設備設計が並行して行われます。
とにかくコンカレントです。
研究とプロセス開発もコンカレント。設計と調達もコンカレント。調達と工事もコンカレント。
ただ1つ、工事と試製造の間だけがコンカレントでないと言っても良いくらいです。
本社部門から「とにかく早く!早く!」と責められているのは研究やプロセス開発側。
その辺の状況を考えない多くの機電系エンジニアは、プレッシャーを与えられたら依頼元のプロセス開発者に食ってかかるシーンがあります。
彼らに言っても状況はなにも変わらないのに。
自身がメーカーや施工会社から責められても、何もできないでしょ?と
工事
設計→調達と進んで施工会社への発注が終わったら、いよいよ工事に入ります。
既設の撤去→建屋工事→設備工事→付帯工事と進んでいきます。
- 日々の安全パトロール
- 手直し工事の対応
- 施工品質のチェック
- 配管チェック
- 工事の進捗管理
この辺りが、発注者の業務となります。
試製造
工事が完了したら、いよいよ試製造に入ります。
- 機器単体の試運転
- 配管の気密試験
- 計器のパラメータ調整
- 系統全体の水運転
これらを行った後に、実液投入に入ります。
バッチ系化学プラントの試製造では、1バッチ目はゆっくり行います。
商業運転では複数の反応を複数の反応器で、同時処理しますが、
試製造では1つの反応を1つの反応器で、1つだけ処理します。
1日1バッチで5日で製品が出るプロセスを例に、商業運転と試運転の違いを見ていきましょう。
試製造では以下のような感じで運転します。
1日 | 2日 | 3日 | 4日 | 5日 | |
A工程 | 1B | ||||
B工程 | 1B | ||||
C工程 | 1B | ||||
D工程 | 1B | ||||
E工程 | 1B |
試製造では1つの反応を1つの反応器で1つだけ処理します。
これに対して商業運転は、以下のとおり
1日 | 2日 | 3日 | 4日 | 5日 | |
A工程 | 1B | 2B | 3B | 4B | 5B |
B工程 | 1B | 2B | 3B | 4B | |
C工程 | 1B | 2B | 3B | ||
D工程 | 1B | 2B | |||
E工程 | 1B |
反応器視点では、毎日同じ決まった反応を行いますが、同時並行処理していることがポイントです。
どこかのタイミングで試製造から商業運転に切り替わりますが、タイミングの見極めは結構難しいです。
化学プラントの建設プロジェクトの難易度ランク
化学プラントの設計プロジェクトを難易度ランクごとに分けます。
私が考えるランクは下表のとおりです。
レベル1 | 配管の老朽更新 | 90% | 多数/年 | 日常補修 | 1年目~ |
レベル2 | 配管の増設 | 8% | 数10件/年 | 改造 | 1年目~ |
レベル3 | 設備の老朽更新 | 1.4% | 数件/年 | 改造 | 1年目~ |
レベル4 | 設備の増設 | 0.5% | 1件/数年 | 改造 | 5年目~ |
レベル5 | 建屋の増設 | 0.01% | 1件/5年 | プロジェクト | 7年目~ |
レベル6 | 工場の建設 | 0.001% | 1件/10年 | プロジェクト | 10年目~ |
レベル7 | 事業所の建設 | 0% | ほぼなし | プロジェクト | ??? |
まともにプロジェクトと呼べるのはレベル5より上です。
レベル1 配管の老朽更新
レベル1は配管の老朽更新です。
現在現場で使っている配管が朽ち果てたので更新するというケースです。
工事件数としては1年間のうち90%程度を占めています。
日常的に発生する工事ですね。
設備設計エンジニアの入社1年目に割り当てられるかもしれない仕事です。
設計を介さずにそのまま施工会社に依頼する場合の方が多いでしょう。
水系のユーティリティ配管が中心です。
工事会社が配管を取り外して、作業場で作り直すだけでもOK。
何も考えずに同じものを作ればいいだけです。
本当は配管の形状一つとっても不具合できる場所や改善できる場所があるのですが、費用対効果が低いために、取り組んでいないことが多いです。
レベル2 配管の増設
レベル2は配管を増設・延長する工事です。
反応器から別の反応器へ液を送るための配管を増やすというようなケースです。
工事件数としては1年間のうち10%未満でしょう。
運転中には工事できずにSDMで行います。
SDMまでじっくり時間を掛けて検討する案件。
設備設計エンジニアの入社1年目から行う仕事です。
配管のルート・材質・口径などを設計する必要があります。
設計が若干存在するため、単純更新よりは難しいですね。
入社1年目から配管の増設で配管設計の基本を習得しよう!
レベル3 設備の老朽更新
レベル3は設備を老朽更新する工事です。
反応器・ポンプなど20年~30年使い続けたものを更新するのが主なケースです。
工事件数としては1年間のうち数件程度です。
運転中には工事できずにSDMで行います。
SDMまでじっくり時間を掛けて検討する案件。
設備設計エンジニアの入社1年目から行う仕事で、設備設計エンジニアのメイン業務です。
ここには設計のかなりの要素が含まれています。
設備設計・配管設計・工事設計・・・
入社1年目から割り当てられても分からないことだらけで苦しむでしょう。
1年に1回のサイクルで回る業務なので、自己PDCAを回したとしても自分のモノとして業務習得するには3年くらいは掛かります。
これが機電系エンジニアの成長を遅らせる要因になっています。
老朽更新だから設計的な要素を何も考えずに単純に更新しても何とかなります。
そこに改善要素をどれだけ込められるかが設計者のスキルです。
設備老朽更新で設計の流れを3年ペースくらいで習得しよう!
単純更新ではなく設計思想の習得・改善要素の盛り込みができれば一人前
レベル4 設備の増設
レベル4は設備を新たに増やす工事です。
反応器を一系列増やすといったケースが当てはまります。
工事件数としては数年間のうち1件程度です。
この辺になるとプロジェクト感が出てきます。
設備設計エンジニアの入社5年目くらいからが適切で、運よく業務が発生すれば果敢にチャレンジしたい業務です。
設備の新設は、これまで何もなかった部分に設備を足すという仕事です。
設備の老朽更新と違って、設備の3次元空間的な配置を決めないといけません。
過去の事例を参考にはできまずが、完全なお手本は存在せず自分で生み出していかないといけません。
設計のクリエイティブ性が求められる部分。
P&IDを新たに作成するだけでもそれなりに考えないといけません。
設備のレイアウト・配管や付帯設備のレイアウトなど、現場で何もない部分から想像力を持って設計します。
現場オペレータや工事会社が作業しやすいように。
設計要素の組み合わせが膨大に増えていくので、難易度が急に上がります。
この設計が上司に相談しながらでも滞りなくできるようになると、機械設備設計エンジニアとしては一人前。
以降の大規模工事は、単に数が増えるだけの世界です。
その物量との勝負こそが最大の課題・・・。
この辺りまでは、研究が関わることはほとんどありません。
設備増設で設計に必要な業務を完全にマスターしよう!
設備レイアウトなど選択肢の多さが難易度を上げています。
レベル5 建屋の増設
レベル5は建屋を新たに増やす工事です。
レベル4に比べて土建工事のウェイトが相対的に高いです。
工事件数としては5年間のうち1件程度です。
設備設計エンジニアの入社7年目くらいからが適切で、これも運に左右される業務です。
土建工事があるだけで費用は高騰するので、金額的には立派なプロジェクト。
建屋の増設は、工事設計でも重要な建屋設計の要素が強く出ます。
レベル4でも土建工事は発生するでしょうが、基礎工事レベル。
レベル5では立派な建屋や架構を建てます。
設備配置以外に、建屋として必要な条件を設計しないといけません。
扉・窓・換気扇などの固定設備の配置は現場作業性や設備配置に直結します。
レベル4の応用ですが、適切に業務を処理するには素早い判断力が求められます。
この判断力はレベル4までで培える部分です。
上司に相談することなく1人でこなせるようになれば、同じ会社内ならどこに行っても大丈夫と言われる世界です。
一般的にはプロセスの合理化などの要素があるので研究開発が関係してきます。
稼働に余力を出すことが目的であれば、研究は飛ばしてプロセス開発から進むこともあるでしょう。
建屋増設で土建工事を完全にマスターしよう!
これができれば社内どこに行っても大丈夫!
レベル6 工場の建設
レベル6は工場を新たに増やす工事です。
更地からプラントを建てる話。
工事件数としては10年間のうち1件もあれば十分です。
設備設計エンジニアの入社10年目くらいからが適切なレベルです。
プラント建設はその工場揚げてのビックプロジェクト。
ユーティリティの取合い・プラント全体の構成・エンジニアの応援・オペレータの採用教育
日常の設計ではほとんど関わらない問題がいろいろと出てきます。
プラント建設レベルはオーナーエンジでは処理しきれずに、プラントエンジ会社によるゼネコンが一般的でしょう。
規模が大きいのでゼネコンに依頼するとしても管理だけでも1人では処理できません。
機械設計だけをとっても、複数人とチームを組みます。
1年目の人でもアサインされることがありますが、業務習得目的ではなくて雑用処理目的。
実際にエンジニアリングマネージャーとして機能するのは10年目くらいの人でしょう。
担当者レベルなら5年~7年目のレベル4~5でも大丈夫。
とはいえ、責任が分散化されるのでバラコンに比べて習得できる部分が変わってきます。
既存製品の能力増強でも新製品の導入でも、研究開発が関わってくるケースが多いです。
プラント建設でプラントエンジニアリング会社とのゼネコンの仕事を習得しましょう!
外部の仕事をできる大きなチャンス!
レベル7 事業所の建設
レベル7は事業所を立ち上げる工事です。
プラントだけでなく、事業所・用役・環境処理・物流などの様々な要素を考えないといけません。
このご時世、エンジニア人生で1回でも関われば運がよかったと言えるレベルでしょう。
事業所増設は…一度でいいから関わりたいですね。
参考
関連記事
最後に
化学プラントの建設プロジェクトを7つに分類しました。
研究→FS→意思決定→設計→工事→試製造とプロジェクトには流れがあります。
配管・設備・建屋・プラント・事業所という区分に応じてランク分けをし、難易度の特徴や目標経験年数とリンクさせています。
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