化学プラントのオーナーズエンジニアという業務はかなり特殊で、プラントエンジニアリング会社との比較を常にされます。オーナーズエンジニアは往々にして「建設プロジェクトがあるかどうか」という目線が中心になってしまいますが、社内での位置づけを意識すると付加価値を創出しようとすることも大事なことです。
本記事では、化学プラントのオーナーズエンジニアが付加価値を出そうとする取り組みを紹介します。おおよそ付加価値と思いにくいもので、誤解しやすい取り組みを7つ取り上げました。
この記事は、オーナーズエンジニアシリーズの一部です。
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基準の整備
オーナーズエンジニアは基準を大事にします。ここでいう基準は社内規格のこと。エンジニアリングに関する規格は例えばJISや高圧ガスなど世間一般に使われるものがあります。社内規格はこれらの一般規格よりも厳しいものを設定するためのものです。
プラントエンジニアリングなど建設時は見えない問題でも、長い間使っていると起こる問題をオーナーズエンジニアは知っています。自社での長期運転の経験はとても貴重です。建設段階でしか防げない根の深い問題もあるので、社内規格としてまとめようとします。
社内規格は自社の経験を後世に次ぐという意味で、オーナーズエンジニアの付加価値として一般に認知されやすいです。ただし、オーナーズエンジニアが社内規格を設定しようとするといろいろと問題が起きてきます。
・過去のトラブルをとにかく反映させるだけで体系立っていない
・結論しか書いておらず、それがなぜ必要なのか分からない
・生産方式や事業による違いを考慮しない
・独自規格にすることでの費用対効果を考えない
・一度設定してしまうと絶対に守らないといけないと勘違いする
プロジェクトにおいてプラントエンジニアリング会社に説明する際には大きな論点にもなりえます。プラントエンジニアリング会社から見ると「そこまでしないといけないのか・・・」と不思議に思う規格もあります。
プラントを効率的に立てるための規格が、設計を遅らせる要因となりえます。社内規格を立てることは慎重な議論が必要です。
規格を作っても中身を理解できる人がほぼおらず、限られたプロジェクトに使うだけとなります。
教育プログラムの拡張
規格にするほどではないが、過去の知見をまとめて後世に受け継ぐために教育プログラムを作成しようとします。これも大抵はうまく行きません。
エンジニアリングは経験によってしかスキルを高められないと良く言われます。過去の多くのプロジェクトをまとめて一般化しようと思っても経験した人しか分からないことがあり、担当者のバックグラウンドやプロジェクト当時の環境、担当者の言語化にも依存して、まとめるのは非常に難しいです。
教育資料のようなテキストにするとしても、「こういう場合もあるから注意が必要です」という表現にとどまりその注意の数が増えていくばかり。実務で振り返って使うには時間もタイミングも難しいです。
PPTなどで各フェーズの開始時に読むことというルールを作っても、読んだ瞬間は理解してもすぐに忘れます。
・教育プログラムを作った人は満足
・プログラムの内容を理解できる初心者はほぼいない
・振り返ったり繰り返し学習したりする機会が少ない
規格と同じですが教育プログラムをいっぱい作って対外アピールをすることが、自社での付加価値だと信じてしまいがち。
プログラムを公開してもその存在すら気が付かれず、使っても1回だけという人だらけになります。
見積情報の整備
エンジニアリング業務を繰り返すと、プロジェクトに掛かる費用の情報が蓄積されていきます。この見積情報を整備することが、エンジニアリングの価値だと考える人がいますが、これも失敗しやすいです。
・見積はその当時のもので、プロジェクトの状況によって変わる
・設備の情報は使用条件に影響されるので、そのまま使用できないものもある
・見積段階で実際の購入までの時間経過による差を予測するのは難しい
・プロジェクトごとに使う単価情報が限定され、アップデートされない単価が残る
エンジニアリングとして見積の情報を集める目的は、「データを整備して、見積の精度をできるだけ高めた」というだけです。プロジェクトで問題が起きた時に、できる限りのことをしたという証拠つくり。データベースがゼロだと問題ですが1年に1回など高頻度でアップデートしようとすると費用対効果の問題が起きます。
詳細な見積が必要な時は限られるのでその場その場で情報を集める方が良く、データベースはほぼ見られない。FSなどではデータベースほどの精緻な情報は必要ではない。
ベンター情報の整備
見積情報に近いですがベンダー情報の整備も、オーナーズエンジニアがしがちです。ベンダーの得意分野などの定性的な表現を数個記載するだけに留まるならまだいいのですが、大抵は変な展開になります。
・ベンダーの会社情報(操業年、従業員数、保有設備、有資格)などから実力を図ろうとする
・監査や見学などでABC評価をつけようとする
・過去の取引時の担当者の感度を評価対象とする
・年々変わるベンダーの情報を常にウオッチできるわけではない
見積情報ならまだ使う価値があるのですが、ベンダー情報となると使用機会は極めて限られます。特定の設備を対象にして購入先を決める際に過去の実績から極端な差がないかを見抜く程度。
たいていの場合は実績が多い会社だけから選ぶので、何かあってもリスクを取ると判断するときの参考情報程度です。
チェックリストの拡充
オーナーズエンジニアが日常業務で経験する内容をチェックリスト化しようとします。チェックリストの弊害はどこでも叫ばれていますよね。
まさにその業務を行う際にチェックリストは機能しますが、エンジニアリング業務は長い期間をかけて徐々に行うもの。その場でチェックが必要ということはあまり多くはありません。
エンジニアリング関係でチェックリストが機能するのは、設備の完成検査や工事の完成検査など、検査がほとんどです。その検査でチェックリストがないと不備が発生するかどうかは仕組みつくりに左右されます。例えば設備の検査は検査要領書がベンダーから提出されるので大抵は防げますし、工事の検査も消防申請などの申請書で防げます。
チェックリスト化したからと言って防げる問題は多くはなく、チェックリストにチェックするだけなのが実態となって時間だけを浪費する展開となります。
プロジェクトの企画段階から立上段階までの幅広い工程に対してチェックリストを作ることを、オーナーズエンジニアは好みます。管理する側はチェックリストが必要と思い、担当する側は工数の浪費で生産性を悪化させるだけと思う。オーナーズエンジニアが管理を大事だと思った瞬間に、付加価値がなくなっていきます。
トラブル情報の蓄積
プラントを運転しているといろいろなトラブルを経験します。これをデータベース化して誰でも使えるようにする取り組みは、パッと思いつくでしょう。オーナーズエンジニアも当然ここに力を入れようとします。
・データを入力しても検索がうまく行かない
・カテゴリ区分が複雑で使えない
・情報にアクセスするまでに時間が掛かる
・トラブル情報が結果をシンプルに書いているだけで背景が分からない
規格や見積やベンダーの情報と同じで、「データ量が多ければ多いほどいい」とシンプルに考える管理側と、実際に使おうとして困る担当側の問題がここでも発生します。
データベースをシステム化しようとすればするほどコストがかかり、重厚なシステムはとにかく時間が掛かります。結果得られた情報がほとんど役に立たないとなると、時間を浪費するだけとなります。AI化をしてもデータの質が悪ければ(当時の背景が分からなければ)、結局は使いにくい情報として優先度が下がっていくでしょう。
専用システムの整備
ここまででもオーナーズエンジニアは多くの情報を持っていて、それを整備して公開することが付加価値だと信じているいう話は何度も出てきました。これだけでも方向性がかなりズレていっているのに、さらにズレていく取り組みがシステム化です。
Excelなどの汎用ソフトで情報を集めると、最新版管理が難しくなる問題があります。これを防ぐために、システムを作ってそこで管理しようとすることがとにかく多いです。
もうお分かりかもしれませんが、これはコストをかけるだけで手間が増えて、担当者の工数を割くだけの結果となります。付加価値を増やすどころか、担当者の数を増やすことでコスト悪化の結果となります。単純な話のはずなのにコスト悪化には目を向けずに、管理強化による品質強化を主張します。どこでもある話かもしれませんが、オーナーズエンジニアでも当然当てはまるという話です。
最後に
オーナーズエンジニアは、長年の経験を会社の資産として残そうとする立場にあります。その考え方自体は非常に重要です。しかし、「情報を蓄積する」「管理を強化する」ことと、会社へ付加価値を生み出すことは必ずしも同じではありません。
社内規格、教育資料、見積情報、ベンダー情報、チェックリスト、トラブルデータベース、専用システム──これらは適切に運用されれば有効な仕組みですが、作ること自体が目的になると、現場の負担を増やし、生産性を下げる結果にもなります。
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【著者:ねおにーーと】
化学プラントで20年以上、設計→製造→保全→企画まで一気通貫で経験したユーザー側エンジニア。 バッチプラントの設備・運転・トラブル対応を中心に、現場で本当に役立つ知識を発信しています。 → 詳しいプロフィールはこちら
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