NPSH(Net Positive Suction Head)について簡単に解説します。
ポンプの勉強をするときに必ず登場します。
ところが、化学プラントの設備設計をし15年程度の私は、NPSHを真剣に検討するポンプ設計は2~3度あるかどうかです。
300基以上は基本設計をしているはずなのに、1%程度の登場率。
NPSHは概要だけ知っていれば対応できた理由も合わせて解説します。
NPSH
NPSHはポンプの吸い込み口側の設計に使用します。
Net Positive Suction Headと呼び、吸い込み側の正味ヘッドと日本語で訳されたりします。
ポンプを運転する時、実は沸騰の可能性があります。キャビテーションと言います。
高圧の液体を送る印象が強いので気が付きにくいでしょうが、これは吐出側の話。
吸込側の液体の圧力は大きくはありません。
ここで設備の設計や配管の設計を失敗すると、液体が気化してしまって運転ができなくなりえます。
それを評価するのがNPSH。
計算式は以下のような表現になります。
吸込み側タンク内の液体圧力+吸込み側タンクとポンプの高さ差-吸込み側配管の圧力損失-ポンプ抵抗-ポンプ吸い込み口での液体の蒸気圧 > 0
ちょっと分かりにくいですよね。
一言で言うと以下の通りです。
ポンプ吸い込み口での、「液体の圧力-液体の蒸気圧」
蒸気圧は液体が気体になろうとする圧力のことですよね。
ポンプ吸い込み口での「液体の圧力」= 吸込み側タンク内の液体圧力+吸込み側タンクとポンプの高さ差-吸込み側配管の圧力損失-ポンプ抵抗
ということになります。
図示するとこんな感じです。
液体の圧力
液体が持っている圧力が蒸気圧以下であれば、上記になる力が勝ってしまい蒸発します。
「液体の圧力」>「液体の蒸気圧」であることを確認したいのが、NPSHの目的。
身近な例で考えましょう。
大気圧100kPaの力を受けて100kPaの圧力を持つ水は、100℃で100kPaの蒸気圧を持つため、蒸発します。
逆に常温だと100kPaよりはるかに低い蒸気圧のため、液体の圧力が勝って蒸発がほとんどしません。
これは大気中にある水を前提としています。
大気圧下にあるタンクにある水も、同じ状態です。
これをポンプでどこかに送ろうとしたとき、吸い込み口配管内の液体の圧力は大気圧よりも低いです。
摩擦損失があるからです。
タンク内が仮に大気圧より高い状態なら、液体の圧力は高くなります。
タンクとポンプの高さの差があれば、液体の圧力も変わります。
タンクとポンプの高さ差
タンクとポンプの高さ差とは、タンクがポンプよりも高いか低いかという目線で考えます。
化学プラントでは一般に、タンクの方がポンプより高い押し込み型が多いです。
図は液溜まり・ガス溜まりの記事から引用しています。
押し込み型だと、静止状態ではタンク内の圧力よりポンプ内の圧力の方が高くなります。
この分だけ、ポンプ吸い込み口での液体の圧力が蒸気圧以下になるリスクは下がります。
逆に、タンクがポンプよりも低い吸い込み型もあり得ます。
この場合は、タンクが大気圧であっても、ポンプの圧力は大気圧以下になるので蒸気圧以下になるリスクが上がります。
要注意ですね。
この吸い込み型のポンプは、化学プラントでは非常にレアケースです。
押し込み型であれば、NPSHを気にすることがほとんどなくなるので、私もほとんど検討したことがありません。
圧損計算の1つ
NPSHはポンプの圧力損失の1つです。
NPSHreqやNPSHavという表現も使いますが、これも圧力損失。
液体の圧力-液体の蒸気圧
NPSHavは利用できるNPSHという意味ですが、ポンプメーカー目線で、液体の圧力が蒸気圧に対してどれだけ余裕を持つかを表します。
ポンプ以外の、現場で決まる要素だけで成り立っています。
これはユーザー側が計算するしかありません。
一方で、NPSHreqはポンプメーカー側の話。
NPSHreq = ポンプ抵抗
液体の圧力が蒸気圧以下になると沸騰しますが、その圧力損失としてポンプ内の抵抗も実は関係します。
これはユーザーには分かりません。ポンプメーカーの仕事です。
ポンプメーカーはユーザーから与えられた仕様(液体の密度・粘度・蒸気圧・温度など)をもとに、ポンプ内での圧力損失を計算します。
最低でもこれだけの圧力損失が発生するから、ユーザーはその分の余裕を持った現場配置をしてください、という要求をします。
これがNPSHreq。
逆に言うとNPSHavは、ユーザーとしてはNPSHreqは分からないが現場状況からポンプにとってはこれだけのNPSHを提供できる(利用可能である)、という表現ができます。
NPSHav > NPSHreq となるように設計しましょう
NPSHavの設計要素
NPSHavの設計要素を整理しましょう。
高さ
NPSHavでは高さの要素は非常に重要です。
化学プラントの場合は、押し込み型で建屋の高さが決まっていたりするので、設計要素としてはあまりありません。
NPSH的に厳しい場合には、ポンプの位置を意図的に下げることも検討しましょう。
ほとんどの場合は地面に設置すれば良いですが、これは必須条件ではないはずです。
口径
配管口径は、NPSH設計の最大の要素です。
摩擦損失が小さくなれば、NPSHavは余裕が出てきます。
標準流速で設計しますが、NPSHavが厳しい場合には口径を上げることを考えましょう。
全部が全部、標準通りに進めれるわけではないですからね。
温度
温度も、NPSHavの設計要素となります。
蒸気圧として効いてきます。
これはプロセス要求によるので、実際には変更が難しいです。
ポンプメーカーへ要求
NPSHreqはポンプメーカー側の設計要素なので、ユーザーはタッチできないと思うでしょう。
メーカーに要求できることはありますので、知っておくと役に立つでしょう。
インデューサ
ポンプ吸い込み口にインデューサを付けるという方法が、NPSH的には有効です。
NPSHが不足することの問題は、沸騰(キャビテーション)によるポンプの異常振動でポンプが故障することです。
NPSH的には満足しなくても、ポンプが異常振動さえ防げれば良いと考えると、インデューサである程度対応可能です。
私も、この手で助かったことがあります。
口径
口径も設計要素です。
吸い込み口の口径は、メーカーの最適設計という名の元、ユーザーの配管口径よりも小さい値になることが一般的です。
効率を重視しています。
これだとNPSH的に厳しいので、口径を上げて効率を少し下げてでも対応したい、と要求すればメーカーは対応してくれます。
メーカーが最初に提示する仕様書では普通は考慮されないので、そこで諦めずに相談しましょう。
運転できないわけではない
NPSHはポンプ設計要素の1つですが、これが最優先されるわけではありません。
たまにこう勘違いする人が居ます。
NPSHav > NPSHreq は絶対に満足しないと運転できない
極端な発想では、以下のような展開になったりします。
- 既存設備の流用を検討したい(最小の費用で)
- プロセスエンジニアが使用流量をとりあえず提示
- 機械エンジニアがNPSHを計算
- 機械エンジニアが配管口径を計算
- 配管口径が不足するので、口径を上げるために高い見積を提示
- 設計条件の変更をして、再設計
プロセスエンジニアから機械エンジニアに見積依頼を出した後、機械エンジニアが何の相談もせずにこういうアプローチで物事を進め、時間をロスする例はとても多いです。
ポンプメーカーのように会社が違う場合には、コミュニケーションが面倒だからとお互いに一方的な検討をしがちですが、オーナーエンジニアでもこういう場面が多々あります。
これはもう、オーナーエンジニアと呼ぶよりも外部プラントエンジニアと呼ぶ方が良いような気もしますね。
参考
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最後に
NPSHについて解説しました。
ポンプのキャビテーション防止のための設計指標です。
液体の圧力>蒸気圧を満たす圧力損失計算の1つ。
押し込み型で、温度が低い場合には、普通は検討しません。
特殊な場合には、標準設計から外れてでも柔軟に設計しましょう。
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