化学プラントでは、撹拌機は反応効率や混合品質を左右する重要設備です。しかし、研究室レベルの小型装置での結果をそのままプラント規模に適用すると、必ずしも同じ結果が得られるわけではありません。
本記事では、撹拌機のスケールアップで押さえるべき基本的な考え方や計算のポイントをわかりやすく解説します。機電系エンジニアや保全担当者にも役立つ内容です。
詳細設計はメーカーや研究開発部門が行うため、化学プラントの機電系エンジニアとしては、参考程度に捉えればいいでしょう。数値計算やシミュレーションの世界になりますので、基礎理論との結果を見比べるという時に使う場合があるでしょう。
使用する式
スケールアップについて今回使用する式は以下の2つです。
$$ Re=\frac{d^2Nρ}{μ} $$
$$ P=N_pρN^3d^5 $$
撹拌機でのレイノルズ数と撹拌所要動力に関する式です。
スケールアップ
スケールアップとは、フラスコレベルの実験結果をプラントレベルの設備に対して適用することを意味します。
実験では小さな装置で反応を設計していきますが、実際の装置では必ずしも同じ結果が出るわけではありません。これは実験をしたことがある人なら直面したことがある人もいるでしょう。サイズを上げるときに、全ての要素が同じ割合で上がるわけではありません。形だけを相似にしたら問題なし!というわけではありません。
実験結果を設備で完全に相似にすることができない以上、何かを犠牲にして何かを優先させることになります。以下では、添え字はスケールアップ前を1・スケールアップ後を2とします。
まとめ
今回の結果をまとめます。
一定にする要素 | 記号 | Re2/Re1 | N2/N1 | P2/P1 |
レイノルズ数 | Re | 1 | (d2/d1)-2 | (d2/d1)-2 |
回転数 | N | (d2/d1)2 | 1 | (d2/d1)5 |
先端速度 | Nd | d2/d1 | d2/d1 | (d2/d1)2 |
単位体積当たり所要動力 | Pv | (d2/d1)2/3 | (d2/d1)-4/3 | (d2/d1)3 |
スケールアップで一定にする要素(スケールアップファクター)とそれによって変わる要素をまとめたものです。
- d2/d1が大きい(スケールアップが大きい)ほど、影響が大きい
- べき乗が大きいほど、影響が大きい
小さなフラスコからいきなり大きな設備にスケールアップしてしまうと、影響が大きすぎて評価が難しくなります。そのため、スケールアップは何段階かに分けて行いことが多いです。評価がしやすいように、べき乗は小さい方が好ましいとも言えます。
レイノルズ数Re一定
まずはレイノルズ数を一定にしてスケールアップすることを考えましょう。
Re1=Re2なので、装置の形を相似にするとNp1=Np2です。液物性が変わらないので、
$$ {N_1}{d_1}^2={N_2}{d_2}^2 $$
となります。スケールアップをするとd1<d2となるはずなので(撹拌翼が大きくなる)回転数はN1>N2となります。
$$ {N_1}={N_2}{\frac{d_2}{d_1}}^2 $$
なので、
$$ {P_1}:{P_2}=\frac{1}{d_1}:\frac{1}{d_2} $$
という関係になります。d1<d2なので、P1>P2となります。
レイノルズ数Re=一定でスケールアップすると、撹拌回転数と所要撹拌動力が下がり、混合時間は長くなる
回転数N一定
回転数Nを一定にすると、d1<d2なので、Re1<Re2となります。Npが一定の領域であるとしても、P1<P2になると考えて良いでしょう。(翼径の5乗で効くため)
回転数N=一定でスケールアップすると、所要撹拌動力が著しく上がる
先端速度Nd一定
撹拌翼の先端速度Ndを一定にするという方法があります。これは上2つの中間的な結果となるようです。
$$ Re_1:Re_2=d_1:d_2、P_1:P_2={d_1}^2:{d_2}^2 $$
先端速度Nd=一定でスケールアップすると、レイノルズ数一定と回転数一定の中間になる
単位体積当たり所要動力Pv一定
単位体積当たり所要動力一定でスケールアップする考え方があります。
$$ P_1:P_2={d_1}^3:{d_2}^3 $$
となるので、
$$ {N_1}^3{d_1}^2={N_2}^3{d_2}^2 $$
となります。この結果、レイノルズ数や回転速度は変わっていき、先端速度一定に近い結果になります。
単位体積当たり所要動力Pv=一定でスケールアップすると、レイノルズ数一定と回転数一定の中間になる
装置の限界
スケールアップの限界は装置の大きさによって決まります。撹拌機によって制約を受けることになります。
- スケールアップでは撹拌翼が大きくなる
- 撹拌翼が大きくなるとシャフトを太くしないといけない
- シャフトを大きくしてモーターを大きくしたり、軸封を大きくしないといけない
モーターを大きくして動力費が大きくなったり、軸封を大きくしようとしても耐圧が持たなかったりという部分で制約が決まってきます。
バッチ系の場合は、その限界よりも遥かに低い領域で使用することになるでしょう。
参考
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さらに知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
最後に
- スケールアップは小型実験の結果をそのままプラントに当てはめられないことを理解することが重要
- レイノルズ数・回転数・先端速度・Pvのどれを一定にするかで、撹拌効率や所要動力が変化
- 段階的にスケールアップを行い、装置制約を考慮することで安全かつ効率的な設計が可能
撹拌機スケールアップの基本を押さえることで、化学プラントでの設計・保全・運転がよりスムーズになります。
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