プラントの設計はプロセスに対して設備を最適化する。プラントエンジニアとして当たり前のように思える前提ですが、同じプラントで複数の設備導入を20年のスパンで実施してきた姿をオーナーズエンジニアとして見ていると、疑問が出てきます。プラントの将来計画を考える上で、初期設計こそが大事であり、オーナーズエンジニアが真剣に考えないといけないと思っています。
本記事では、バッチプラントの設計について長期的な目線で考えるべきことを、私なりにまとめました。
この記事は、ライフサイクルシリーズの一部です。
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単一製品向けに単一プラントを設計
ある製品向けにプラントを建てる例を考えましょう。良くあるプラントエンジニアリングはこの領域です。実は最適案はほぼ決まっていて、むしろ簡単な部類になります。
反応器をマルチパーパスに
簡単な例として反応1工程で、後処理洗浄をして、濃縮をしたら製品として取り出す例を考えましょう。
| 工程 | 反応器 | 基数 | 圧力 | 温度 | 塔 | 熱交換器 | 配管 |
| 反応 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 1 | SUS |
| 洗浄 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
| 濃縮 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 100℃ | 0 | 2 | GL |
| 充填 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
各工程で腐食性は決して高くはないので材質はステンレス、大気圧使用なので鏡型にする必要はなく、ジャケットも濃縮だけで良いのですが、安価で汎用性の高いグラスライニング(GL)でジャケット付(J)を使います。
これでマルチパーパスプラントと表現する場合もあるかも知れませんが、もう少し手厚くする必要があるでしょう。
工程をマルチパーパスに
マルチパーパスプラントとする以上は、どの反応器でもどの工程ができるように意図して設計します。
| 工程 | 反応器 | 基数 | 圧力 | 温度 | 塔 | 熱交換器 | 配管 |
| 反応 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 1 | 2 | GL |
| 洗浄 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 1 | 2 | GL |
| 濃縮 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 100℃ | 1 | 2 | GL |
| 充填 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | GL |
工程は反応器単位で考えるので、塔・熱交換器をセットで考えます。明らかに使わないのに設置することになり、初期投資コストが上がります。配管もGLで統一します。こうすればマルチ的に使用できるかもしれません。
ただし、コスト抑制が叫ばれる昨今ではここまで手厚い設計は、どこでもできないのでは?と思います。
プロセスを複雑にする要因
マルチパーパスが叫ばれた当初は、今よりもプロセスが複雑でなく、今後も同じ傾向が続くという前提があったと思います。今では、問題を複雑にする要因が出てきています。
材質が複雑
簡単な工程だとGLで統一できるかも知れませんが、昨今のプロセスではより厳しい条件となる場合が多く、GLでも対応できない場面が出てきます。こういう場合には、例えばハステロイ(HC)を使うと、極めて効果ですが汎用性が出てきます。テフロンライニング(FL)も可能性としては出てきますが、温度の問題で汎用性が落ちてしまいます。
| 工程 | 反応器 | 基数 | 圧力 | 温度 | 塔 | 熱交換器 | 配管 |
| 反応 | HC(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 1 | GL |
| 洗浄 | HC(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 1 | GL |
| 濃縮 | SUS(J) | 1 | 大気圧 | 100℃ | 0 | 2 | GL |
| 充填 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
ここでは工程全体をマルチパーパスには考えませんが、HCを使うプロセスで洗浄とはいえ外部に危険な液が漏れることを回避するために熱交換器を設置するとしましょう。マルチ性が少しアップします。逆に、濃縮は熱伝達を良くするためにSUSにすることを考えます。
こうして、プロセスに対して最適化しようとすると、GLで統一することが難しくなっていく点がポイントです。
工程が複雑
反応1工程のプロセスとはいえ、工程が長くなるパターンも増えています。
| 工程 | 反応器 | 基数 | 圧力 | 温度 | 塔 | 熱交換器 | 配管 |
| 反応 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 1 | SUS |
| 洗浄 | GL(J) | 2 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
| 濃縮 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 100℃ | 0 | 2 | GL |
| 充填 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
例えば、反応自体は変わらなくても洗浄の反応器数を増やして対応することがあります。単純に反応器数だけが増えるだけでなく、分液のための槽やポンプも増えていくので、設備数はもっと増えていきます。他にも、濃縮で分離すべき層を複数に分けることも設備数を増やす要因になります。液の投入方法が滴下でなければいけなかったり、粉体を投入する必要があったり、と塔や熱交換器レベルの設備数を増やすことも十分にあります。
能力増強などで系列を増やすことも要因の1つですが、微妙に違う話になります。
将来用途を考えたプラント設計が難しい理由
最初に設計されたプラントは、長年使っていくうちに、当初の思想と無関係に変化していきます。同じ製品だけを10年20年と作り続けることはほぼないので、必ずと言っていいほど、別の製品を導入することを考えます。
改造が必要
既存のプラントに別の製品を導入しようとした場合、ほぼ必ず改造が必要です。これはマルチパーパスのプラントを初期に設置することが現実的でないからです。
| 工程 | 反応器 | 基数 | 圧力 | 温度 | 塔 | 熱交換器 | 配管 |
| 反応 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 1 | SUS |
| 洗浄濃縮 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 100℃ | 0 | 1 | GL |
| 濃縮 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 100℃ | 0 | 2 | GL |
| 充填 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
この例のように、新製品は例えば濃縮を増やさないといけないかも知れません。この場合に濃縮用の反応器を1基設置するのは、コストが高くなるので、洗浄工程の反応器を使えるようにプロセスを設計できたとしましょう。
濃縮という機能が加わった元の洗浄工程では、熱交換器を設置したり配管材質を変えたりします。もちろん濃縮の受器・ポンプや配管の保温なども追加されます。
ルートが複雑になる
上記の例だとちょっとした改造の範囲で、そのコストを最小化しよう(プラント建設をするよりはるかに安い金額で導入しよう)という考えで進みます。これは当たり前。
では、このちょっとした改造はいつまで続けられるでしょうか?オーナーズエンジニアでも考える人はほとんどいません。なぜなら、同じプラントをずっと担当し続けるエンジニアがほぼ居ないからです。
工程を決定する要素が複雑だと、設備をどれだけマルチパーパスにできたとしても、製品ごとに反応器を通すルートそのものを変えないと対応できなくなりえます。
| 製品A | 製品B | 製品C |
| 反応器1(GL系) | 反応器1(GL系) | 反応器1(GL系) |
| 反応器2(GL系) | 反応器3(HC系) | 反応器2(GL系) |
| 反応器3(HC系) | 反応器2(GL系) | – |
| 反応器4(GL系) | 反応器4(GL系) | 反応器4(GL系) |
このように、ある製品(A)向けに作ったプラントを何とか使いこなそうとして、別の製品(BやC)では反応器の順番が異なり、通す配管を変えないといけません。
パイロットプラントであればフレキシブルチューブで対応するものだと割り切ってしまいますが、商業生産目的のプラントであればしっかりした固定配管で切り替えるべきです。
これはプラント内の配管を増やしていく方向になります。反応1工程(反応器4個分)であれば、配管ルートが増える量はそこまででもありませんが、反応工程が増えて反応器が増えるほど問題は複雑になります。1プラントで10個程度の反応器を付けるくらいで限界が近く、15個や20個となるとほぼ限界でしょう。これは建屋の幅サイズで決まる問題です(配管ラックなど)。プラント建設が質の問題ではなく数量の問題で苦労するというのとは違う意味で、プラント改造は数量の問題で苦労します。
改造とスクラップビルド
化学プラントをマルチパーパスにしようとしても、プロセス設計の自由度の高さがゆえに設備の自由度が増えてしまい、導入製品が増えるたびに都度増改築が発生してしまいます。
ここで考えるべきは、改造とスクラップビルドのどちらが良いかということです。
改造
改造を繰り返すことは、その時々の投資判断としては正しいです。瞬間瞬間の投資をミニマムにできるからです。
しかし、プラント増設の限界を見極めるのが難しく、プラント寿命すらも適切な評価ができない現状では増設は無限に可能とすら誤解されてしまいます。
そうしているうちに、インフレなど建設コストの増加が顕著になってきて改造すらできなくなってきているのが現状でしょう。
スクラップビルド
改造の限界に直面すると、そもそもマルチパーパスが良くなかったかもしれないと思い始めます。プロセスを実現するための専用プラントを設計して、最小コストの投資で運用し、一定期間が経てばプラントを撤去してしまう考えです。
| 工程 | 反応器 | 基数 | 圧力 | 温度 | 塔 | 熱交換器 | 配管 |
| 反応 | SUS | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 1 | SUS |
| 洗浄 | SUS | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
| 濃縮 | GL(J) | 1 | 大気圧 | 100℃ | 0 | 2 | GL |
| 充填 | SUS | 1 | 大気圧 | 40℃ | 0 | 0 | SUS |
これはスクラップビルドと呼ばれ、一時期叫ばれました。マルチパーパスプラントを長く使うことはユーザーとしては理想的に見えて、増改築の限界を知っている人ほど専用プラントのスクラップビルドが現実的だと考えたのでしょう。
現在ではスクラップビルドこそ日本では難しいと思います。単純な労務費や資材費の高騰というだけでなく、建築基準法に適合した建設設計・安全レベルの向上による安全管理費の暴騰・制御システムの高度化など、プロセス周りのコスト以外の部分が膨れ上がっていくからです。エンジニアが減少していきオーナーズエンジニアがプラント建設をできなくなっているので、建設しようとすればプラントエンジニアリング会社に依頼せざるを得なくなり、その部分でのコストアップも要因となります。
参考
最後に
プラント設計を最適化するとは、単に“プロセス条件に合う設備を選ぶ”ことではありません。
設備構成や改造性、材質の選択、将来用途までを含めたライフサイクル全体での最適化が必要です。
短期的な投資判断だけでは、プラントの将来計画は破綻します。
オーナーズエンジニアは、長期の運転を見越して“初期設計の思想をどこに置くか”を考える必要があります。
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