三菱ケミカルの希望退職に関するニュースについて、個人的な考えを述べたいと思います。
この記事は、業界再編シリーズの一部です。
石油化学だけの話と思っていない?化学業界を覆うコモディティ化の本質
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希望退職概要(2020年11月4日)
三菱ケミカルが2020年11月4日に希望退職の発表をしています。概要は以下のとおり。
- 50歳以上かつ勤続10年以上の管理職
- 定年後に再雇用された人を合わせて2900人
- 募集人数は定めず、再募集の予定はない
- 12月に募り、来年3~6月末に退職する
- 最大50カ月分の賃金を上乗せ
- 年功序列からジョブ型への移行に伴う
親会社の三菱ケミカルホールディングスの伊達英文CFOのコメントも紹介します。
「50歳過ぎの方が年功序列でつけると思っていたのに(ポストを)若手にとられていく。じくじたる思いをする人をサポートする」
「主体的に自分のキャリアを決めてほしい。ご賛同頂けない方には転身を支援する」
「入社した時はそうじゃなかった、という人のミスマッチを金銭的に解決する」
化学業界のトップである三菱ケミカルが動きました。化学業界に与える影響は大きいでしょう。今回は、この記事を受けて私が所属する会社の状況を紹介します。
化学業界はどこも似たような状況だと思いますよ!
希望退職概要に対する感想
内容自体は極めて妥当なもので、否定する要素は全くありません。
50歳以上かつ勤続10年以上の管理職
対象者については極めて納得のいく内容です。「50歳以上」「管理職」これに該当する人は部長・課長クラスです。私の所属する工場では、社員に対する彼らの割合は、25%程度です。多いですね。
彼らは役に立たない、やる気がない、余生を悠々自適に過ごす。そういう仕事の仕方をしている人が9割以上です。切られても仕方がありません。
定年後に再雇用された人を合わせて2900人
ここは人数が大きい会社ですから仕方がありません。2020年3月現在で、連結従業員数40,776人ですから7%程度ですね。この2,900人の対象者の中から、何人が手を上げるか。ここは相当興味があります。今後のニュースに期待しましょう。
募集人数は定めず、再募集の予定はない
これは嘘ですね。こんなことを正直に信じる人は愚かです。
12月に募り、来年3~6月末に退職する
この辺の情報は、自分の身に降りかかってくるときの参考になります。
- 公開されて2か月で判断
- 半年以内に退職
社員の立場ではこの情報は「ほぼ急に」届いたのだと推測します。準備していない多くの社員は慌てるでしょうね …
最大50カ月分の賃金を上乗せ
60歳定年を前提に、単純に考えると56歳以上は退職する方が得。50歳~56歳で部長に上がれずに課長止まりになっている人が、最も判断に悩むでしょう。50歳くらいで部長に上がるケースが普通で、その流れに乗って60歳まで部長のポジションに居続ければ下の課長は50歳になっても部長になれません。この人たちは上の存在をうっとうしく思いながら、我慢して会社に勤め気が付いた時には希望退職の対象に入ってしまっている。
この辺は実力以上に年功序列の影響を受ける運の要素が強いので、理不尽に感じる人は絶対に出てきます。
とはいえ、全体からみたら(特に40歳くらいの人。私も!)50歳を越えたら部長でも課長でも高給取りだから文句を言わないで!と思ってしまいます。
年功序列からジョブ型への移行に伴う
これは都合のいい「形式的な理由」です。ジョブ型へ移行して、急に人が変わるわけではありません。希望退職を募るために先に人事制度を変えた、と解釈されても仕方がありません。
社員レベルでは人事制度の改訂は天から急に降ってくる類のものなので、会社側は人事制度を変えてそこから希望退職を展開した、と考えるのが普通でしょう。
他の化学会社は、これを理由にすることが予測されます。すでにジョブ型の人事制度であれば、リーチが掛かっています。年功序列が強い会社は、近いうちにジョブ型への移行がされるでしょう。
伊達英文CFOのコメントに対する感想
CFOのコメントの方が、内実を示しています。非常に印象的です。
「50歳過ぎの方が年功序列でつけると思っていたのに(ポストを)若手にとられていく。じくじたる思いをする人をサポートする」
このコメントは、50歳過ぎの人に媚を売る形にしか見えません。というのも、私の所属する会社でも全く同じ発想だからです。
若手のことを考えていない。こう受け取る人が多いでしょう。今の若手は上が詰まっているから昇進できません。
「若い人にポジションを取られる」という思考を上がしているのであれば、大問題。「若い人にポジションを譲る」が普通でしょう。60歳まで親会社で上位のポジションで残り続けるのは、化学業界の基本なのでしょうか。
「主体的に自分のキャリアを決めてほしい。ご賛同頂けない方には転身を支援する」
ここは特にコメントがありません。普通のことですね。
「入社した時はそうじゃなかった、という人のミスマッチを金銭的に解決する」
これも化学業界にありがちな話です。
- 入社したときに勤務地限定だったから
- 入社したときに希望退職があると予想していなかったから
こういう意見を大声でいう社員が存在するのが、化学業界でしょうか。私の所属する会社でもこの事例は存在しています。20年も30年も前の条件が今でも成立すると思っている、危険な思想。会社にしがみついている典型的な老害の例です。
石油事業などを分離(2021年12月1日追記)
三菱ケミカルは2021年12月1日に「石油化学事業など化石燃料や石炭を使う2つの事業を切り離し、他社との統合を含めて検討していく」ことを明らかにしました。
来ましたね。
早期退職の次は事業切り離し。石油化学が対象ですね。石油化学は重厚長大な化学産業の発展を気付いた鉄板分野。2015年~16年ごろにはエチレンプラントの停止のニュースが各社から出ていましたね。
脱化石燃料・脱石炭などの世界的な流れも相まって、石油化学事業の未来は明るくなさそうです。
- 製造方法で差は付かない
- 人件費は高い
- 補修費は高い
石油精製ならオリジナリティのある分野もあるかもしれませんが、石油化学だと日本は競争力があまり高くないようです。人件費が高く古いプラントを使い続けていているから当然といえば当然。
運転員が振り回される
化学プラントで事業撤退などの動きがある時に、もっとも振り回されるのは運転員です。
組合がある程度は守ってくれますが限界はあるでしょう。
- 子会社に出向する
- 事務系などの誰でもできる仕事に転向する
- 引っ越しして別の工場で働く
こんなケースが会社からは提示されるでしょう。いずれにしても環境がガラッと変わります。
入社してから長年同じ仕事を経験してきた人ほどダメージが大きいですね。事業徹底していなくても、50歳くらいになると子会社に出向するケースや別の仕事を経験するケースはありえます。
でも引っ越しはあまり多くはありません。やはり多くの運転員にとっては引っ越しは最も避けたい要素なのでしょう。
機電系エンジニアは大変
総合化学会社では配属ガチャでどの事業に携わるか左右されがちです。特定のタイミングで別の事業に異動するケースはあります。ここで困るのは機電系エンジニア。
プロセスエンジニアなら化学や化学工学のベース知識があるから、異動でもあまり抵抗がありません。1年もすれば慣れる人が多いです。
機電系エンジニアはもともとプラントに関する知識が無い状態で入社して学習しますが、その事業に特化した知識や経験を積みます。連続系・バッチ系なんて分け方をしますよね。
ここで連続系からバッチ系、バッチ系から連続系などの異動をすると機電系エンジニアとしてはまた一から学びなおしに近い状態になります。
実際には結構使える知識があるのですが、100%使えなければ0%と極端に振れやすいです。
自分のやってきたことは何だったのだ・・・
こんな絶望感を抱く人もいるでしょう。慣れるまでに数年以上かかるエンジニアもいます。電気や計装はまだ良いですが、機械は本当に大変。
新中期経営計画 2029(2025年10月2日追記)
三菱ケミカルは「新中期経営経計画2029」を2024年に公表しています。2025年9月29日にこの計画に基づいた希望退職の募集を公表しました。
- 50歳以上かつ勤続3年以上の管理職/一般社員/再雇用社員
(製造に従事する社員は原則として対象から除外する) - 募集人数は特に定めない
- 2025年11月17日~30日に募集、2026年2月末に退職
- 退職一時金と特別加算金
2020年よりもシビアな条件になっています。(2020年は50歳以上かつ10年以上の管理職)
過去の複数社の合併・統合後、不十分なシステム整備により複雑化共通部門をはじめとしてリーンな組織にする余地あり
今回の対象は間接部門です。システム整備ができず複雑化していて、それを整理すれば人員削減できるだろうというお話。
三菱ケミカルほどの大会社でも(だからこそ?)、システム統合が進められないという話は新鮮でした。DXでいろいろやっているので、当然こういったシステムの話は進んでいるのでは?と思っていたのですが。DXが対外公表のためだけに使われていて、実態はそうでもないという弊社と状況が同じなように感じます。
DXで各部門が自主的にこういう問題を解決してくれることを、会社としては期待していたのでしょう。各チーム単位などの小さな範囲でしか進まないのが実際。それを全社統一化させる流れ、がなかなか進まないので強硬的な手段に出たとも言えます。
業務を標準化せずに、システムを今の業務に合わせようとしたら、いつまで経っても問題が解決せずに、最後はこうなってしまうのでしょう。かといって、強引に標準化しても、業務が非効率になったりどこかの部署に面倒ごとが集まっていくのでしょうが、それは問題が起きてから考えるのでしょうね。
管理費水準をグローバルスタンダードレベルに適正化
グローバルスタンダードって何でしょうね?決して高級な仕組みではなく、かなり簡素化された雑なものであると思います。そこまでレベルを落とすという宣言だと考えています。
求める人材
中期経営計画 2029には求める人材をはっきり記載しています。これが会社からのメッセージ。
・オーナーシップをもつ人材
・尖った強みを持つ人材
・誠実な挑戦をする人材
・「つなぐ」人材
オーナーシップはこれからますます難しくなるでしょう。会社と従業員との間で最もギャップが出る部分だと思います。
尖った強みは会社として求める以上は、ローテーションを推進したらまずいと思います。各部署を数年単位で回っているうちに、平均化されて強みが無くなります。50代といわず40代でも、これまでのキャリアでいろいろ回った人は、今後に強い不安を感じると思います。
誠実な挑戦をする人も果たしてどれだけ出るか疑問。権限移譲や評価制度とセットで促そうとしていますが、50代だとそこまでの人は非常に少ないと思います。
「つなぐ」人材は尖った強みとは矛盾しやすい考えです。ここは会社としては説明を強化した方がよさそうです。
というのも、「つなぐ」ためには各部署のことを知っている必要があり、知ろうとする努力や情報が集まりやすい環境が大事だからです。尖った人材は1つの部署で長年経験務めることで、「つなぐ」人材は多くの部署で務めることで、育成されやすいと思います。例外的に、調整部署で長年勤めていれば2つを満足する人材が育つかもしれませんが、現場からは「現場のことを知らない」と冷たい目で見られるかもしれません。
DXが上手く進まない理由に、DXの知識がありつつ多くの部署をまとめてリーディングする人がいない、ということは弊社の実態を見ても共感します。必要であることは分かっても、育てるのはとても難しいでしょう。
リストラを推進すればするほど、キャリアを達成する期間が短くなって、人材が育たないような不安もありますね。単純に現在の年齢構成がいびつで、余裕のある時に状況を緩和したいというなら分かりますが、リストラをすればするほど求める人材は遠ざかっていく気がします。
最後に
個人的に希望退職は大賛成。
三菱ケミカルは化学業界では先進的に取り組んでいる会社なので、今後大手化学会社から順番に同じ流れになるでしょう。
三菱ケミカルの退職・早期退職制度は、会社の経営環境の変化に伴うキャリアの節目となる重要な制度です。退職を考える際は制度内容を正しく理解し、自分の将来設計に役立てましょう。早期退職はメリット・デメリットがあるため、慎重な検討が必要です。
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